gallu’s blog

エンジニアでゲーマーで講師で占い師なおいちゃんのブログです。

他人のことを自分の物差しで思いやる怖さ

んと…いまさらながら、なのですが。
この記事を見て、なんていうかちと色々と考えてしまいました。


ビビリな若者たちよ!! 実名ブログで自分を「見える化」する勇気を!!
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20080408/298256


一言で片付けるとタイトルのとおりなのですが。
「自分と他人では、立ち位置も価値観も何もかもが異なる」というあたりを把握せずに、相手のことを「自分の価値観やものさしで計り」、その上で「相手を思いやったと信じている」あたりに怖さを感じました。
いわゆる「善意を持つ厄介者」ってやつですね。


例えば…

勉強会や懇親会などで出た学生たちの質問は,一言で言えば「ビビリ」の言葉ばかりでした。

それがどんな言葉だったのかわからないので。背景が見えない以上、鵜呑みにはしにくいかなぁと。

無名の人間が普通のブログを始めてすぐに大人気となり,衆人環視にさらされるようなことは考えられません。

「自分自身が考えられない/知らない」と「現実におきえない」の間には深い乖離があるような気がしますがどんなもんなんでしょうか?

個人情報保護法のせいでしょうか,どうもプライバシーに対する意識も過剰に見えます。

実際の被害を基準点にして、それが「本当に過剰なのかどうか」ってのは、軽率に判断できる事象ではないと思うのですがどうなんでしょうか?

ちなみに,私たち企業経営者の「個人情報」は商法の定めによりガラス張りになっています。

一般人と同系列に語れる事象でもないと思うのですが?

そのため1日に数百通のメールが届き,その7割は迷惑メールです。それでも,新たな縁者に出会い,新たなチャンスに恵まれるメリットの方が大きいのです。
個人情報を出すリスクより,出さないリスクの方が大きいことを忘れてはなりません。

コレもまた「その人による」のではないでしょうか?
私個人としては。メールアドレスをWeb上で晒していますし、その理由はまったく同様に「99通のspamよりも1通のチャンスメールのほうがメリットが高い」という感覚を持っているのですが。
その価値観が必ずしも「万人に通じるものなのか」といえば、それはNoなのではないかと思いますがどんなもんでしょうか?


まぁ割合に、ある程度年嵩であったりある程度地位があったりする人に見られやすい傾向だと思うのですが。
「自分がいいと思うんだから相手にとってもいいはず」という感覚が、時々見受けられます。
正直…当人「善意」だと思って動いているだけに無碍にもしにくくて。結構厄介なんですよね。


なんてことをつらつらっと思ってみました。