gallu’s blog

エンジニアでゲーマーで講師で占い師なおいちゃんのブログです。

深淵−神々への勝手な考察−

耳元にささやく者あり。これもまた夢なりや?


この考察は、基本ルールのみを資料とし、筆者の想像を加えて作成した物です。
事実(あるのか?そんなもん)と異なる可能性が少なからずある事を、あらかじめここに明記しておきます。
なお、この文章は比較的「本能だけで」書いています。いくつかの単語(特に名詞)については「なにこれ?」というのが多いと思いますが、読み進んでるうちに、大抵は何処かで解説されています(主に原蛇エセスの項のような気がする)。
落ち着いて読みたい方は、エセスから読んだほうが理解が早いかもしれません。まぁ、その前に「ある程度深淵の世界観を把握する」ほうがより確実なのですが。

それでは。隠された真実(或いは妄想と狂気の狭間)の扉を、今こそ。


黒剣のソダール
読む限りにおいて、結構(かなり?)ひどい神である。天空の城ヴァタオナイアを作ったのはいいとして、地上は支配する(人間達がすでに王国作ってるのに…)、暮らしは享楽的(しょっちゅう宴席を囲んでたらしい)、人間の命はもてあそぶ(もはや論外?)。
よくまぁ妻(女王ギャルレイ)なんか作れたものである。やはり、貢ぎ物でもしたのだろうか?(ソダールは創造をつかさどる神でもある)
ちなみにこのソダール、地上では「神帝リアンドラ」と名乗ってたらしい(サプリメント「城塞」では、剣王という二つ名も見当たった)。
いくつかの文章をあわせて読んでみるに、こいつの性格がそもそも世界の激動の根本的な原因ではなかろうか?としか思えない。
少なくとも、人間が「反旗を翻す」気になった直接の原因って、ソダールにあるとしか思えないし(それってつまり魔族を作った原因?−詳しくはエセスの項を参照−)。
まぁ、どんなに品行方正な神が治めた所で、いつかは神々が滅び、人間達の世界にはなっていくと思うんだがね。
それにしても、ちょっと……


翼人のティオール
非常に面白く、個人的にはもっとも共感できる神である。
人間に火を与えた、なんてくだりはプロメテウスを連想させる。まぁ、ティオールはついでに言葉と死を人間に与えたが。
ティオールもまた、ギャルレイを愛していたらしい。とはいえ(親友であるソダールの物でもあるので)表立ってどうの、という事はしていないようだが(この辺りから見るに、比較的節度のある神だったらしい)。
ソダール(とヴァタオナイア)の陥落は基本的に人間(魔族)の手による物だが、ティオールはその時、人間の側に立っていた(ついでにラーヴリュとエセスも人間側だった)。
反乱には成功したんだが、その後ティオール、何と反乱軍の王国の副王にまでなり、挙げ句の果てに暗殺されている。
ちなみに、こん時ティオールを暗殺したのは、(ティオールの妻)オラヴィーの息子オエンと、オラヴィーを慕っていた吐息の大公タンキン(他にも何人かいるようだが、メインはこの二人)。
で、夫を追いかけて死の王国に旅立った(自害した)オラヴィーを更に追っかけた(自害した)タンキンと、そのタンキンが自らの領域である死の王国にくることを拒んだティオール(ちなみに、これが「魔族が不死になった」原因である)。悲しみにくれた(はずの)タンキン。
まさに「恋愛が生んだ悲劇」。
…にしちゃ、影響範囲がでかすぎるような気がするが。
ちなみにティオール、殺されたけど、滅びてはいない(死の王国にいるだけ)。それに、いったん殺された後、どうも地上に舞い戻ってるような記述もあるし(神征紀に、ルケ山に陣取ったという記述が残ってる)。
ついでに言うと、この時期(地上に舞い戻ったとき)に、タンキンがティオールに一騎打ちを挑んでる。まぁ、残念ながらタンキンの敗北に終わったが(両手を失い、さらに地底に封印された)。
今も、妻のオラヴィーと死の世界でくつろいでいるのだろうか?


指輪のギャルレイ
ソダールの妻。結構いろんな神から求愛されていたようである。
聡明な瞳と理性に満ちた声をしていたようだが、性格にまでは影響しなかったらしい。なんせ、夫のソダールの蛮行(彼の行いを蛮行と言わずしてなんと言おう)には(多分)何も進言していないのだから。
彼女自身は、地上に関わる事をあまり望んでいなかったようだ。それでも、二度にわたって干渉している所を見ると…単に夫を殺した魔族が気に入らないだけなんだろうか?(それともまさか、夫の遺体探しのため「だけ」に戻ってきたんだろうか?巨人連れて体裁だけ整えて)
ちなみに、彼女が地上に関わったときに、一度目は巨人を、二度目は妖精騎士を派遣している(一回目は夫の遺体探しで、二回目は尻拭いなわけだな−こらこら−)。
しかし、魔族をどーにかしてくれた一方で、巨人は又、結構厄介な問題を残してくれている。
巨人の影は土鬼(ローグル)という存在を生み、ローグルは巨人達の後を引き継いで地上を支配していった。
が、ローグルは魔族の封印を(内乱が理由で)開封した。ちなみに、これが原因で地上に妖精騎士が派遣されたらしい。
でも、妖精騎士もいきなりいなくなってるしなぁ…(いや確かに「指輪の戦争」が原因なのはわかるんだが)。
契約をつかさどるとか言ってるけど、どうも気まぐれな印象がぬぐえない(地上を守る、という契約なんか誰ともしていないのだろう、きっと)。地上で「何らかの契約」をした、という記述はあるが、何の契約をした事やら。
いかん。どうも文章に悪意が満ち溢れている(苦笑)。
筆者があまり気に入ってない神の一人。地上では間違いなく敬愛されているはずなので、読者の皆さんは好きになって…欲しい。


戦車のサイベル
無骨で、ついでに(ちょっとだけ)血の巡りが悪いらしい。
サイベル自身も、ヴァタオナイアでの享楽的な暮らしやソダールの地上支配などについてはあまり快く思っていなかったらしい。
でも、それに対して何にも手を打たなかった辺りが何とも素敵である。きっと、宴席では愚痴の一つもこぼしていた事だろう(よく見かける光景である−サラリーマンと一緒や−)。
反乱のときは、積極的にティオールに組してもよさそうなものだが、実際にはソダールの側に立っていた。単に「反乱」と言う手段がいやだったらしい。
そのわりに「他人を(火矢を使ってでも)屈服させる」事には疑問を抱いていないようなので、こいつの遵法も、けっこういいかげんなものである(いったい何をさして「法」などと呼んでいるのだろうか−Power is Justisだったりして−)。
ちなみに、現在昼間(の明るさと暑さ)をつかさどってるのはサイベルである。元々ソダールが握りまくってた支配のうち、昼間だけは受け継いだ(というか獲得した)のである。
サイベルは、かなり強力な戦力である。なにせ、反乱のときはティオールがわざわざ一計を案じてまで(テルティスの護衛を申し付けておいた)ソダールの側から離しておきたかったのだから。
でも、そのわりに魔族が封印された「神征紀」で、サイベルの活躍は何処にも記載されていない。不思議だ。まぁきっと「何処かでなんか活躍してた」んだろう。多分。
そうとでもとらないと、戦いしかない彼の存在意義がなくなってしまうではないか。


通火のヒュオヌス
杖もって松明かかげた姿、なんて書かれているが、そういう風に聞いて筆者が真っ先にイメージしたのはタロットカードの隠者である。まぁ、ヒュオヌス自身は若者の姿をしているらしいのだが。
通火と言うのは蛍に似た生き物らしい。ああ、なんてはかなげなイメージ。
ヒュオヌスは、その淡い光で未来を照らしてくれるらしい。しかし、あんまり淡すぎて人間ではほとんど先が見通せないような気がするのだが、どうだろう。ご本人は、ある程度予知が出来るらしい(暗視能力か?)。
他の神々に比べ、ヒュオヌスはティオール側に傾いてるような行動をとっている。ティオールが人間に火を教えれば、ヒュオヌスはその火の使い方を教えたらしい(多分、金属の精製とかを教えたんじゃなかろうか?)。
ちなみに、先の「ヴァタオナイアの陥落とティオールの反逆」も、予知は出来たのだが、わかってて見逃したらしい。さすがに予言が出来る神である、という見方も出来るが、単にひよってるっていわんか?(いやきっと人間がかわいそうだったんだよ、うん)
そうそう。妖精騎士は、基本的に通火に属しているらしい。だから、妖精騎士もある程度未来予知が出来る、と。ならばなぜ指輪なぞ奪われた、という突っ込みをしてはいけない。
まぁ、ちょっとした余談。
ちなみに、反乱のとき、ヒュオヌスはいったい何処にいたんだろう?おそらくは「とっとと逃げた」と言うのが一番正解に近いような気がするのだが。後は「実は人間(魔族)に加担してた」か。個人的には「ティオール辺りに密かに助言を与えた」に一票、かな。或いはオラヴィーに、とか。
オラヴィー関連の所にある記述「エセスの助言に従ってティオールの抱き込み工作をした」という文章だが、エセスってそもそも「ラーヴリュがどうにか共感できる」という以上のコミュニケーション能力はなかったのでは?(それとも単にソダールとの会話が嫌だったのか?)
そこから「ヒュオヌスはエセスのふりをしてオラヴィーに助言を与えた」という論をここに投じてみたい。多分間違ってるんだろうけど。


野槌のアヌルフ
両性具有で変幻自在という、とても捕らえどころが無くてナイスな神様。
政事に興味が無い、と言う記述があるが、ソダールの記述とかから考えると「政事」というのは「陰謀劇」を指しているんだろうか?と勘ぐってしまう(宴会と地上支配と人命破壊遊戯だったりして−質悪すぎ−)。
自由が好きで、地上をよく徘徊していた(単に、ソダールの支配の魔力から逃げてたとも言う)。
で、どうも地上で「種を撒き散らす」か、或いは「子供を産みまくっていた」らしい。アヌルフの人称代名詞が「彼」ではなく「彼女」である事を考えると「子供を産んだ」とみなすほうが妥当なのだけれど、各地に神獣の類(アヌルフの血を引くもの)が「数多く」残っている、という記述から考えると「種を撒き散らす」ほうが効率はいいはずだ。
まぁ、所詮は両性具有の神。何でも出来るでしょう。
そうそう。物理的に「変身」するほか、見せかけだけ変える(平たく言って幻覚を見せる)事も出来るらしい。
話はがらっと変わって。
件のヴァタオナイアの陥落後。翼の王が冥界に去ったのを機に天に帰った、と言う記述から「実は彼女はティオールを愛していた」という所まで邪推を発展させてみたい。
きっとどこかに「ティオールとの恋愛沙汰」の記述があるに違いない(うまくいかない理由はアヌルフの「性的道徳意識の欠落」か?)。


青龍のラーヴリュ
何処まで人格があるかが、いまいち不明なお方。
基本的に「内乱用」ではなく、「外から責めてくる存在に対する守り」としての任務をソダールから受けたのは事実のようであるのだが(ラーヴリュに限らず、龍たちはみなそうなのだが)。
いったいどんな存在がいたのだろう?
それは、この世界(エセセス)の外側からこの世界に侵入しようとする存在、夢魔である。
夢魔は、深淵すら存在しない無の大海の中から湧き出すらしい。そして、この戦いが理由で、龍とその眷族は大抵狂気におかされている。なお、夢魔にどんな攻撃能力があるのかは今の所不明。
しかし、ソダールがとっくに滅びた今でもきちんと言い付けを守ってるあたりが、愚直と言うかなんと言うか。まぁ、ソダール(の命令)とは無関係に「世界を守りたい」と言う意志を持っているという可能性も否定はしないが。
ラーヴリュ自体は、原蛇のエセスの弟らしい。で、二人そろって「他人には理解できないほどの狂気をはらんでいる」のだから恐ろしい。
こういう存在のためか、ラーヴリュ自身に関する面白い(と思える)記述はあまり無い。
「無の大海」とかいうサプリメントが出れば、きっとそこにはたくさんの面白い記述があるんだろうけれども。


原蛇のエセス
はっきり言おう。私は、この内容を書きたくてこの文章を書いたと言っても過言ではない。というより、純然たる事実だ。
エセス自身の記述をまずしておこう。
エセスは、先のラーヴリュ達が「夢魔を攻める」のに対し、「世界を(自らの(長い蛇のような)体で抱きしめる事で)守る」という役目を持っているらしい。
で、彼女自身、この世界に限りない愛情を持っている。すばらしい。まさに博愛である。
のはいいのだが。
問題はここから。
少々話は飛ぶが、なぜ世界にはこんなにたくさんの魔族達がいるのだろう?その辺りを考察してみたい。
魔族達は、ほとんどすべて「王女オラヴィー(蛇姫とも呼ばれる)」から生まれている(発生している)。
オラヴィーは、元々「ソダールが人間をいぢめてた頃」、大地で一生懸命生きていた人間の王国の王女だった。で、ソダールはその王国を蹂躪した。それでもさらにしつこく反乱軍を形成する王女オラヴィーを、ソダールは捕らえ、水牢にぶち込んだ。
処刑前日の夜。彼女は、一匹の蛇によって魔力を得て、水牢から抜け出す(この時点でオラヴィーは魔族になっている)。
オラヴィーはその後、難民や有徳の志士(有徳、ねぇ)に魔族の力を分け与え、ここから魔族が山のように出てきたらしい(つまり、ある意味においてオラヴィーは「魔族の母」であるといえるかもしれない)。
ま、この時にオラヴィーは子供を抱いていたんだが、その子供が後に「大地の王オエン」と呼ばれ、地上を支配し、ギャルレイ率いる巨人軍その他と戦う事になる。
余談です。
さて。
オラヴィーに力を分け与えたのは、実は「蛇の大公ブーレイ」です(力を与える、といって、ブーレイは蛇の姿のまままぐわった−そん時できた子供がオエンだったりする−)。
では、ブーレイとはいったい何者なのでしょうか?
何と、「エセスの息子」なのです。
そう。エセス(13柱の神の一人である、念の為)の息子が「深淵(の力)を地上にばらまきたい」ために、オラヴィーを誘惑し、大量の魔族を作ったのです。
本気で魔族を憎むなら、その根幹にあるエセスを殺したほうが早かないかい?或いはブーレイとか。なぁ、サイベル。
まぁ、エセスを殺したら「世界の守り」がなくなるのだが。
しかし、エセスもエセスである。「地上を溺愛してる」とかゆってるくせに。
「地上を愛してる」とはいっても、それはあくまで「地上」であって、そこに住む「人間」はどうなってもいいのだろうか?いいんだろうな、やっぱり(まぁ別に魔族が必ずしも「人間を害する存在だ」とも限らないし)。
しかし、だとすればエセスは地上の「何を」溺愛しているのかに興味があるな。混沌だったりして(必ずしも笑い飛ばせない辺りがブラックである)。


海王のアーエィス
海をつかさどる存在。
エセス(エセセスと書いてるが、エセスの事だろうと思う)と血縁関係にあるらしい。水の領域をつかさどる、という記述以外に、特に興味を引く物はない。
それよりは、エセスとラーヴリュとアーエィスが血縁関係にあるのだとすれば、そのもとになった存在のほうがはるかに興味をそそられる。或いは「血縁関係」であるという事実のほうが興味深い。
アーエィスは浄化の力がある、という部分がなんとなく個人的に引っかかる。「水=浄化」という簡単な連想だけだろうか?
むしろ「無の大海」とか、その辺りとの連想を少し想像してしまうんだが。龍たちの狂気の浄化、とか。
ついでに、アーエィスなら、実はラーヴリュの狂気は癒せるんじゃないだろうか?エセスはどうも「生まれつき」っぽいのでおいておくが。


牧人のエンテェン
エンテェンは、実は他の神とは明らかに異なる特徴を2つ持っている。
一つは、エンテェンという名前自体は「1個体の名前」ではなく、種族の名前である、という事だ。だから、正確には「エンテェン族」になるはずである。で、ここの長が「樹木の王ラナオーム」である。いずれも、そんなに出てくる名前ではないんでどーでもいいような気がするが。
次に、エンテェン族は「神々(ソダール?)によって作られた存在」である、という事だ(クリーチャーが神になる、か。なかなか凄い事である)。
そのためか、記述を読んでる限りでは、比較的従順な性格をしているような気がする。
基本的にエンテェン達がつかさどるのは「森」であり「大地」なのだが、ついでに魔法の結界を森の中に作り、魔族達を封印しているらしい。
人間(魔族)がヴァタオナイア(天空城)を落としたとき、ソダールは反乱軍の都市ヴァランティアに剣を投げつけて(都市を)封印したのだが、その都市(魔都)を現在封印しつづけているのが、エンテェンの「黒き森」。
エンテェン達は、それぞれの森で眠りについているらしい。大抵は、森の中心で。
森の結界にとらわれた、という運命を持つときは、間違いなくエンテェンに関わってきます。そこで魔族との関わり合いが発生するのも、大抵森の結界は「魔族を封印する」ためにある物だからです。
…言いなりになる神だけあって、その結界も結構いい加減である。せめて、常命の定めたる人間の目からくらい、完全にその封印を遠ざけて欲しかったような気がする。まぁ「楽しい」運命が一つ増えている事自体は一つの喜びではあるのだが。


古鏡のテルティス
神々の舞姫。「無垢をつかさどる」といわれてはいるが、記述を読んでる限りでは無垢というより「情緒不安定」である(躁鬱に似てる)。
こういった舞姫(大人向けに書くと「神々の娼婦」となるんだろうなぁ、裸で踊ったりして)の常で、あらゆる神から可愛がられてたらしい。
彼女がヴァタオナイア(の暮らし-宴会の事か?-)を気に入っていたのは、まず間違い無いだろう。ヴァタオナイアの没落時にテルティスが何をやってたかは不明だが、没落後、しばらくは地上で悲しみに暮れていたのだから(泣きまくってたようである)。
結局テルティスはギャルレイの誘い(ギャルレイは、テルティスに一緒に不動星に来るように誘った)を断り、星々の光を受けて踊りつづける事を選んだという。
うん、きれいだ。深く考えなければ。


風虎のヴァーリン
一番悲惨な神かもしれない。いや、間違いなく一番悲惨だ。
「天の猟犬」とか呼ばれてソダールに従ってた、というのはまぁ確かにそうなのだが、ソダールはヴァーリンに「お願い」をしていたのではなく、「命令」をしていたのですらない(ここで「ヴァーリンが自発的に」という選択肢が自動的に消滅)。
恐ろしい事に、ソダールは「支配の魔力を使ってヴァーリンと敵を戦わせていた」らしい。しかも何回も。同じ神相手に支配の魔力使うなよ、ソダール。
ちなみに、アヌルフ(野槌の神)は、ヴァーリンを見て「自分はああはなりたくない」と思ってた(からしょっちゅう城を抜け出してた)。何ともものかなしげなエピソードである。
それにしても、ヴァーリンは自分の境遇をどう思っていたんだろうか?
空飛べるし、嵐を呼んで雷を落として吹雪呼べるし。自由さえ手に入れれば、それは魅力的な獣になっただろうな。などと思ってしまう。
ちなみに現在はギャルレイに付き従っているとの事。実はヴァーリン、性格は犬(飼い慣らされた××)なのかもしれない。
彼が幸せなら、それでいいと思うんだがね。


八弦琴のパーパイル
パーパイルの名前は、実はご本人の名前ではなく、持っていた琴の名前らしい。
ギャルレイ達が逃げ込んだ「不動星」は、八弦琴の星座の中心にあるそうな。
情報ないんで、これ以上は何も書けないや。
まぁ、きっと何処かで物語を口ずさんでいる事だろう。この世界そのものが彼の口ずさむ物語の一部だとしたら…それはそれでいいのかもしれない。


さて。勝手な考察を繰り返してきましたが、いかがでしたでしょうか?
なぜ私がこんな邪推をしたのかは、予感の書と世界の書を目を皿のようにして読み返せば、多分ご理解いただけるかと思います。
あるいは……夢でも見たと思ってくださいませ。
この本が、現実である保証など何処にも無いのですから。


耳元にささやく者あり。これもまた夢なりや?