gallu’s blog

エンジニアでゲーマーで講師で占い師なおいちゃんのブログです。

「just one wayではない事」の難しさ

先日、伺っている専門学校さんで、googleのPhilipさんという方のお話から、一箇所思いっきり局所を抜き出してなんですが、以前から思っていた事があったので、ちょうど良いチャンスなんで。


PPTで正確になんて書いてあったのかは失念してしまったのですが、簡単に超訳すると「方法がただ一つだけだなんてありえない」的なお話。
なので「ただ一つの正解を探したり調べたりするんじゃなくて、色々考えてcreativeにいこう!」的なお話だったと記憶しちょりやす。


で…この「just one wayではない事」ってのは、色々な角度から「難しいんだよなぁ」と、常々思うわけなのです。


Tarotの大アルカナ No 0に位置する「The fool(愚者)」というカードは、割合とよく知られたカードかと思うのですが。
「無垢な若者」は多分、まさに「ここに位置している」と思うのですね。
「何も知らないからこその無限の可能性」。でもそれは「可能性」であって、ついでにいうと「0.0000000000000000000000000000000001%」であっても、それは「可能性」なんですね。


例えば「素手でなんの準備もせずに真っ赤に熾った炭を触る」と、普通火傷をする訳でして、その辺はまぁ大抵の人が「常識の範囲」で知っている事が多いかと思われるのですが多分。
ただ本当に「何も知らない」と、とりあえず「炭を触ったらどうなるんだろう?」とか思う訳ですね。
で、火傷をする。


ここで「知っている」人間は「火傷をするよ」という警告を放つのですが、当人は知らないもんですから「そんなもの、触ってみないとわからないじゃないか」となる。
或いは「他の人が素手で触っているのを動画で見た」とか。その「他の人」は、もしかしたら耐火ジェルを使っている可能性とかもあるわけなのですが、その辺もひっくるめて「わからない」から認識できない。


そうすると。
結局の所「若人の"やってみなきゃわからない"」の何割かは、経験者たちにとっては「明らかに知っている、下手したら経験している、明確な失敗への手順」の可能性もあるわけなんですね。
結局の所、世の中はどこかで「選択と集中」が必要である以上、「明らかな悪手」は取り除いていかないと、現実問題として「試行回数が無限になるから時間的に無理」ってのと「失敗したときのダメージが累積するとそのうち死ぬよ?」ってお話に繋がっていきます。


…ただじゃぁ「年寄りの繰り言が正しいのか」というと、そうでもなくて。
まずそもそもとして「"明らかな間違い"と"自分の好みに合っていない"の差異が認識出来ていないケース( http://d.hatena.ne.jp/gallu/20120122/p2 )」については論外なので却下/除外するとして(でも、一定数居るから気をつけようね。駄目言われた時に「明確なデメリットについてご教授ください」って言って固まるようなら、多分、頭悪い人だと思った方がいいざんす)。


可能性としてなのですが
・「間違いのルート」の途中の枝分かれ分岐点にブレークスルーがある
・「間違いのルート」をさらに突き抜けると、そこにブレークスルーがある
・「間違いのルートを考える思考方向」を使ってさらに別の方向に思考を重ねると、そこにブレークスルーがある
などなど、いくらでも「可能性」はやっぱり存在して。


そうすると「経験しているから"明らかな失敗パターン"を回避する」ってこと自体が、とても身もふたもない「失敗パターン」である可能性も、結局の所、否定出来ない訳なんですね。


禅の世界では「無用の用」なんて単語がございますし。


ただまぁ「じゃぁやっぱり無駄はないんだ!」って言って「明らかな悪手」を学びもせずに履行試行していくと、時間も生命力も体力も金力も色々と足りてこない訳でございます。


ってなわけでloopしちゃうんで、現状、このloopについて「これを内包した、一段階あがった螺旋」はまだ見つかっていないのですが。
とりあえず、(相対的に)若い/未熟な時は「成熟した人間の知識と経験をウマウマと加味して」、(相対的に)成熟して年古る立ち位置の時は「自分の頭の中の老害を排除して、新しい水と風を取り入れる柔軟さを意識して」、ってな具合にすると、少しはバランス取れるんじゃなかろうかなぁ、とか思うわけなのですね。


色々と難しいなぁ、と思いつつ、書いてみたいネタだったので、つれづれ、っと。