gallu’s blog

エンジニアでゲーマーで講師で占い師なおいちゃんのブログです。

改めて考えてみる「SE35歳定年説」

ちょいと某所でその話が出てまして…改めて考察。


っちゅわけで。まずは余所様のサイトから「SE35歳定年説」論の立脚点を眺めてみます。
http://d.hatena.ne.jp/yagu1/20081102/1225634640

プログラマ35歳定年説が叫ばれている理由には、幾つかの根拠があります。
(1) プログラマやSEという仕事はコンピュータサイエンスにおける労働の中の階級では一番下に位置している
(2) プログラマやSEは激務であるから体力が必要
(3) 最新知識を得るためには若年である必要がある
(4) 管理職になるとプログラマとは呼ばれない
などのことです。


http://d.hatena.ne.jp/katzchang/20071116/1195173918

35歳定年説は、精神力の限界だというお話で、体力の限界というよりは説得力がある。30歳で折れるならまだしも、40歳で折れると社会的にきついだろうなぁ。
あと考えられるとすると、いつまで経っても給料が上がらないという話で、これも「本人の勉強が足りないからだ!」で済ませられる話ならいいんだけど、そもそも勉強の成果が生かせる環境でもなかったりする場合が多くて難しい。難しい。


http://technoo.blog60.fc2.com/blog-entry-61.html

SEの35歳定年説というものがあります。

この業界では有名です。
まぁ、35歳にもなると、最新技術とかPG技術は若い人に敵わなくなるということですね。

前提として、多少技術が劣っても、若い人の方がコスト安、という現実があるからです。

なので、SEというかはPGに近いでしょう。
とは言っても、SEも上流工程をやらなければコスト割れするでしょうね。

どんなに一流なPGでも、結局はPGなんです。
ある程度の年齢に達すると、コストの安いPG単価をオーバーします。
※ベアがあり、給与もそれ相応の年齢である場合

いわゆるコスト割れです。

なので、給与を若い人より多くしなければいけない、35歳前後から、
上流へシフトしなければいけないのでしょう。


http://news.livedoor.com/article/detail/3556957/

30歳、40歳と置き換えられることもあるが、「プログラマ35歳定年説」という言葉はかなり古くから存在している。年功序列というわけではないが、ソフト開発の世界ではプログラマがSEに昇進し、さらに上級SEへ、という制度が一般的だったため、「35歳になればプログラマはいなくなる」というのが定説の元となっていると思われる。
ただ、ひと昔前とは異なり、現在はより専門性の高いプログラマが多く、そのためには豊富な経験も必要になるため、「プログラマ35歳定年説」というのは現実的ではない。一方で、転職適齢期というものはあるかもしれない。実際、DODA編集部で「転職適齢期があるとしたら、上限は何歳までだと思いますか?」という問いに対し、IT業界に勤務する人の実に44%もが35歳とあげているのだ。もちろん、それ以上の年齢での転職も実際にはあるが、管理職としての転職が大半になるため、エンジニアとしてのステップアップを目指すのであれば、35歳をひとつの節目と考えてもいいだろう。


http://blogs.yahoo.co.jp/ksmethod1234567/15338865.html

SE35歳定年説ってホントだと思うよ。
技術の革新についていけない云々じゃなくて、バグやら納期やらシステム障害やらに悩まされながら
この先歳をとっていくと思うと絶望的になるもん。


http://juventus.livedoor.biz/archives/51065880.html

SE35歳定年説なんていうものがあったが、あながちウソじゃない。
本当はこの説、そもそもの意味は違ったんだけどな。

技術のトレンドが変わりすぎなんだ。


http://sengoku.blog.klab.org/archives/50211291.html

プログラマ 35歳 定年説」、みなさんも一度は聞いたことがあるのではないかと思います。 35歳ぐらいになったらプログラミングなんて仕事は若い人に譲って、マネジメントをやりなさい、という趣旨ですね。
その理由として、体力的な面だとか、歳をとってくると新技術を覚えられないとかが、あげられるようです。実際、多くの企業でプログラミングは新人ないし外注の人 (最近はオフショアも増えてきました) の仕事とされ、中堅社員はマネジメントや上流行程を担当することが多いようです。
-中略-
いえ、ですからプログラマの 35歳というのは、医師や弁護士にとっての国家試験であり、奨励会棋士にとっての 23歳であり、芸術家や料理人にとっては、師匠に認められるか否か、ということなのではないでしょうか?つまり、他の「高度な知的労働」の職種では、定年うんぬん以前に、そもそもその職業につくこと自体に壁があります。どんなにその職業に従事したいと思っても、国家試験に合格できなかったり、初段になれなかったり、師匠に認められて弟子にしてもらえなかったりすれば、 35歳よりもっと早い段階でその道をあきらめることが多いのではないでしょうか。
確かにプログラマってのは、ピンからキリまでいて、キリのほうは際限がないなぁ。本当は 35歳といわず、もっと早い段階でプログラマには向いてないことを自覚したほうが幸せなのではないか、と思うような人もいるよなぁ。
ですよね? こういっちゃミもフタもないんですが、いくらプログラミングの才能がない人でも、体力さえあればそれなりに役にたっちゃうことも多いんですよね。ぶっちゃけ、レベルが低いプログラムでもいいなら、プログラミング言語の文法を一通り知ってさえいれば誰でも書けちゃいますし、デバッグ環境さえ整っていれば、デバッグもなんとかなる。もちろん時間は優秀なプログラマの何倍、何十倍もかかりますけどね。そもそもこの業界、慢性的な人手不足ですから、猫の手でもいいから借りたい。何十倍も仕事が遅くてもいいから手を借りたい。ただ、あくまで「猫」なんで、デスマーチに耐えられる体力はないと困る。
なるほど。そういえば「アンチ・プログラマ35歳定年説」を唱える人って、優秀なプログラマが多いような気がする。優秀ならばパフォーマンスは体力とは関係ないから、 35歳なんて関係ないと言い切れる。そもそもプログラマに向いている人と、まるで向いてない人が、いっしょくたに「プログラマ」と呼ばれているのが問題なのか。
そういうことなんだと思います。プログラマに向いているか向いていないか判断できない人が、プログラマの上司をやってる、というのも一因でしょうね。医師, 弁護士, 棋士などには、足切りのための絶対的な評価基準がありますし、芸術家や料理人などには、師匠がいて、能力の有無をきちんと判断してくれる。プログラマだけが基準なしに、ただ若いというだけで、いっぱしのプログラマ気取りになってしまう。師匠がいれば、「プログラマを気取るのは百万年早い!」って怒鳴ってくれるんでしょうけどね。
まとめると、プログラマには少なくとも二種類あって、他の「高度な知的労働」の職種と同様に定年がない「優秀なプログラマ」と、若いだけが取りえの「見習いプログラマ」とを、きちんと区別する必要があると。で、「見習いプログラマ」は 35歳といわず、もっと早い段階で、プログラミングに向いてないことを自覚し、もっと自分に向いている仕事を見つけるべきだ、ということですね。


http://blog.livedoor.jp/grasswonder05/archives/50904956.html

システムエンジニアには35歳の壁があると言われています。新しいことができなくなって、なれの果てになってしまうとのことからです。
私も35歳をすぎ、その年齢になりました。そんなことはあるのかと思っていたら、意味合いがわかってきました。
十何年もやっていると、「これはできる」「これはできない」と感覚的にわかるようになってきます。プロジェクトマネージメントでは「未知のプロダクトに手を出すな」との法則もあります。そうすると、自然と新しいものに手を出さなくなってくるんですね。
今現在、新しいものに挑んでいるところですが、最初はものすごく抵抗がありました。ナレッジもかなりあって、SIベンダーの経験も豊富で、これならばとようやく重い腰を上げたところなんです。


http://www.pro.or.jp/~fuji/mybooks/okite/okite.6.4.html

ソフトウェア技術者は、若くないといけないことを象徴する言葉である。とにかく若くないと、コンピュータの進歩についていけないことを言っている。
コンピュータの世界では、変化が激しく、今まで使っていたプログラミング言語が廃れてしまうことがある。だから、自分が毎日使用していた言語がそうなってしまえば、新しい言語を覚えざるを得ない。新しい言葉を使えないプログラマは、廃棄処分以外、まったく使い道がなくなる。


えと………正直。Klabの仙石氏のBlog( http://sengoku.blog.klab.org/archives/50211291.html )でおおよそおいちゃんの見解とうり二つな事が書かれてしまっているのですが(苦笑
とりあえず、かみ砕いて。
概ね論調としては。定年説の論拠はこの辺。


・PG、SEは体力仕事である
・最新知識を得るために若年である必要がある(年齢を重ねると移り変わりについていけない)
・管理職への移行
・若い方がコストが安いために、35歳前後でコスト割れを起こす


そも「SEってなによ?」って突っ込みが初手にあるのですが…とりあえず「ある程度設計ができる人」程度のニュアンスで捉えておいてください(より正確には「設計をする人」であり、同時に「管理/マネジメントはしない人」)。


んで…ひとつづつ。


・PG、SEは体力仕事である
えと…そんなプログラムとかシステムとかいらない orz
そのあたりは「「勤勉である」という怠慢( http://d.hatena.ne.jp/gallu/20081114/p1 )」「職人がかける手間暇( http://d.hatena.ne.jp/gallu/20081118/p1 )」あたりを参照。
「頭を使う代わりに手数を使う」なんて状況は、どこまでも忌むべきだと思うです。


・最新知識を得るために若年である必要がある(年齢を重ねると移り変わりについていけない)
どんな丸暗記(苦笑
基礎が出来ていれば「その上に最新技術を構築する」事は容易ですし。一方で「丸暗記」に頼れば、応用のきかない無意味な知識にしかなりえんのです。
どこぞの錬金術ではないですが。知識とは知恵とは「理解 -> 分解 -> 再構築」なのですだよ。


・管理職への移行
これは…4つの中では唯一「希望と期待に満ちあふれた」発言、なのかも(苦笑*1
「技術を知らないPM」さんは山盛りにいるですが…正直、まともにマネジメント出来ているケースは極が付くほどに稀なので。
やはりここは「現場を熟知したPMさん」にご登場いただきたく…っていう期待があるんじゃないかと思われます。


・若い方がコストが安いために、35歳前後でコスト割れを起こす
とりあえず…質って単語について、小一時間質問してみたいところですねぇ(苦笑
或いは「使い潰して摩耗するのってそんなに楽しいですか?」と。


総じて。
質とかクオリティとかって単語を知っていて、そこから先にある「基礎の大切さ」とか「基礎を十全に身につける事の難しさ」とかそのあたりを知っている人は。35歳定年説を概ね鼻で笑ってるです。
一方で「頭を使わずに手数と体力だけで勝負している」とか「丸暗記に頼っている」とか「質って単語を知らない/理解できていない」とか、そういうエリアに生息している人にとって、35歳定年説というのは、多分切実なんですね。


「35歳定年説についてどう考えますか?」というのは。
もしかすると「その人の技術に対する理解度」を試験する、リトマス試験紙なのかもしれないですね。
特に、多くの[経営者 | 営業 | SIer | 技術を知らないマネジメント系]が35歳定年説をtrueであると言っている現実から…彼らの思想背景が見えてくるように思うのですが、如何なモノでしょう?


一部の人に対しては、少々どころではなく、厳しい物言いではありますが。

*1:異なる見解もあるんだけどとりあえず肯定的な発言したいし