がるの健忘録

エンジニアでゲーマーで講師で占い師なおいちゃんのブログです。

「目で盗め」もきついけど「懇切丁寧」が良いってわけでもなくてねぇ………

直接の発端は、こちらのツイート。

https://twitter.com/tatamin_ttmn/status/1062271330895056896

そういうことやるからあらゆる職人業界の技術継承が廃れていくんだろ…

はっつけてある画像は、確か「将太の寿司」だったかな(うろ覚え)。

「この店では誰も技術を教えてはくれない
 仕事のやり方は自分で覚えるしかないんだ」
「えっ……」
「親方の考えじゃ
 楽に教わった技術は決して身につかない
 苦労して人から盗みとった技術が長くその職人の技術になるんだって

 「目で盗め」
 って言われてるんだ」

こんな台詞のやりとり。
うん………まぁ「技術継承が廃れる」の文脈が、わからないでもない。

ないんだけど、一方で………例えば「法演の四戒」という禅語には「好語不可説尽(こうご ときつくすべからず)」って言葉がある。
もうちょっと続けると

好語説き尽くすべからず。
好語説き尽くせば人かならずこれを易(あな)どる。

って感じ(あと三つの戒があるんだけど、ここでは省略)。

なので。
技術を「全部、自分で盗め。一切教えない」はアウトなんだけど、一方で「懇切丁寧に全部教える」のも結局は「アウトになりやすい」ので。
どうしても「身体で覚えていく」しかないフェーズ、ってのは、あると思うんだよねぇ。

この辺は、どっち側に「極端に」倒しても、あんまりお互いに幸せになれないんじゃないかなぁ、って、割と常々、思ってたりするです。

「じゃぁどの辺が適当なのさ?」ってお話になるんだけど。
多分、この辺は結局、山本 五十六さんの、この言葉に集約されるのかもしれない。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」

ちと、かみ砕いて。

「やってみせ」ないと、そもそも「それ、本当に出来るんですか?」とかって疑念がわいたら、守破離どころの騒ぎじゃないので、まず「出来る事を見せる」のは、信頼を得る意味でも、必要だと思う。
で、それに対して「そら学べ」ではいささか突き放し感が強いので、「言って聞かせて」理論背景の説明をする。
説明を聞いてわかった"つもり"になったところで、じっさいに「させてみせ」て、「つもり」の部分を洗い出してあぶり出して。
あとは出来ているところを「ほめてや」りつつ、出来てないところを「やってみて 言って聞かせて させてみて」の、loop。

……いやまぁこんな丁寧な教育がどこまで出来るか? ってのは、色々と難しいところではあるのですが。
できるだけ、その辺を目標に「見て学べ」でもなく「好語を説き尽くす」でもなく、良い感じのバランスを追い求めていけたらなぁ、とか、思ってみたり。

「そんな教育をすることが出来るビジネスとスキーム」を作るのが、もしかしたら、喫緊の課題なのかもしれないんだけどね(苦笑