gallu’s blog

エンジニアでゲーマーで講師で占い師なおいちゃんのブログです。

対症療法と原因療法

医学の専門家さんの間でも色々と議論を呼びそうな、割とデリケートな部分なので。
門外漢のおいちゃん的にはさらりと、程度にしか書けませんが。


典型的に言われているのが、例えば「胃痛」に対する治療。
「胃が痛いんです」
「んぢゃ痛み止めを出しますんで」
ってのが、典型的な対症療法。
確かに「痛み止め」ですから痛みは止まるのですが。「何故、痛みが出ているのか?」或いは「その痛みを通じて、自分の体は自分に対して何を訴えかけようとしているのか」を踏みつぶすような治療方法です。


「胃が痛いんです」
「調べてみたら胃潰瘍でした。では、胃潰瘍の治療をしましょう」
が、割合にグレーゾーンらしいです。なんでグレーかってぇと
「胃が痛いんです」
「調べてみたら胃潰瘍でした」
「なぜ胃潰瘍になったんでしょう?」
「どうやらあなたの生活習慣がねっていうか寝酒で毎晩一升瓶あけるのヤメレ*1
っていうふうに「なんで胃潰瘍になったの?」を見ていないから、原因療法ぢゃなくて対症療法ぢゃね? ってあたりでグレーだそうです。
まぁまぁ、そのあたりはおいといて。
とりあえず「原因療法」のほうは、ある程度グラデーションがある、くらいに理解をしておきたいと思うところです。


実際問題として「どこまで原因に踏み込むか」ってのは、ある程度難しいところもあるとは思うですよ。
んで。お手軽っていう点で「対症療法」のほうが楽だろうってのも、概ね見えるですよ。
だって。検査もせずに、知識もいらずに、ただ脊髄反射で「胃が痛い -> 鎮痛剤」「熱が出た -> 解熱剤」「咳が出てる -> 鎮咳薬」ってやればいいんですもん。それこそ「初心者」が「コンテキストの違いを考えずに」できるんですもん。いやまぁ「医者が初心者のままでいいのかね?」ってのはともかく。
一方で、原因治療に近いところに踏み込めば踏み込むほど、「話聞いて」「検査とかもして」「膨大な知識と経験からマッチング処理して」「話きいて」「マッチング処理で絞り込んで」って事をやらにゃいかんです。つまり、熟練者ないし達人付近が必須となりうるですよ。


ただ、別の角度からの実際問題。
痛みは、概ね生物の「その部位がなにがしか危険だから意識しろ」なサインなわけです。発熱は多くの場合「異物を熱でいてもたれ」なわけです。咳は「ウィルスさん御出口はあちらです」なわけです。
言い方を変えると。「現在」は常に「過去の積み重ね」なわけです。過去になにがしかの因があるからこそ、今、その結果が有るわけです、ってのは「因果」って単語で表す事が出来るわけです。


その「過去」を、下手すると「現在の、比較的見えにくい部分」を、全部オミットして、表層に現れている事柄だけで対応をすると。
場合によっては「本来の問題を前提にすると、むしろ事態を悪化させるような対応をしている」ケースだって、十分にあり得るわけなんですね。


まぁ医学に限らずにあちこちと見受けられるのですが*2
一方で「原因療法の大切さ」を痛感するのですが、別の一方で「如何に、世の中が対症療法に満ちあふれているか」を実感させられる瞬間もあるわけで。
ちなみに一方で。「対処療法が当然である」という 場 においては、原因治療をしようと提案するだけで、死ヌルほど煙たがられたりもします。下手をすると「お前がそんな事を言うから本当に問題が起きたんだ だからお前が悪い」とかいう素晴らしい理論展開を閲覧できたりもします。


今自分のいる場所と、自分の好みとをそれぞれ把握するというのは。
とてもとても大切な事だと思うのですが、どんなもんなんでしょうか?

*1:筆者の事ではありません断じて!!

*2:最近トラブルがありまして、その仲裁者から「過去の経緯は確認していないしするつもりもない」とか言い切られましたからねぇ B-p