gallu’s blog

エンジニアでゲーマーで講師で占い師なおいちゃんのブログです。

占いは「信じる」ものじゃないし

よもや「占い師」の面での文章を連打で書く日が来ようとは(笑
…本格的に「そっちも動かせ」っていう、どなたか様、のせっつきなんだろうか?
とか思いつつ。


元ネタ
占いなんて信じる人はどうかしている
http://futoimegane.hatenablog.com/entry/20140519/1400479509


ん…まず「信じる」って単語の定義をしてから。…国語の辞書だと「信ずる」なのね(笑
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/114702/m0u/%E4%BF%A1%E3%81%9A%E3%82%8B/

1 そのことを本当だと思う。疑わずに、そうだと思い込む。「神の存在を―・ずる」「成功するものと―・じている」
2 信用する。信頼する。「だれも―・じられない」「―・ずべき筋によれば」

ただまぁ、おいちゃんは先日引用した、こちらがお好み。より「辛辣に事実」だと思うし。
http://d.hatena.ne.jp/gallu/20140506/p1

「信じる」とは「分からない物」をこうであると勝手に決めつける事。
人の本心は「分からない」が「一定以上良心的である」と信じなければ社会が成り立たない。
故に「信じる」という行為は社会そのもののために重要であり信用と信頼はそれ故に重い。
逆に「信じて欺された」では済まない公の事に関しては何事をも「信じて」はいけない。
最大限把握し理解しその上で「判断」せねばならない。

つまり「よくわかんないけどとりあえず本当だと"思ってみた"」ってのが「信じる」ってもんだと思われます。


ここを前提に。
んと…「個々には合っている文章も多い」んだけど、根本的な部分が残念、という、とてもすがすがしい状況でございます、ってのを見つつ。
合わせて「占いとどうやってつきあい、向き合っていけば良いか」の、おいちゃん的見解について、簡単にまとめてみようかと思います*1

世の中には占いを信じる人と信じない人がいます。

うんまぁその軸で考えるんならそうだろうねぇ。
ちなみにおいちゃんは「信じません」し、占いに来て下さったお客様にも一様に「信じるな」と言います。
長々引っ張るの面倒なので先に書いておくと。占いは「判断用の1材料にしてください。それ以上でもそれ以下でもありません」ってのがおいちゃんのスタンス。


まぁ、とりあえず続けて。

占いを信じない側の人達から見ると、教育を受けていない原始人が迷信を信じていたのはしかたがないにしても、まともな教育を受けた現代人がなぜ占いなんていう非科学的でバカバカしいものを信じるのか不思議でしかたがありません。

あぁ出た「非科学的」w
まぁ、占いを「信じていない」ようなので。つまり「よく分からないけどそうではないと思い込んでいる」人にとっては、そんなもんでしょう。

では占いを信じない人と占いを信じてしまう人とを分かつものは何なのかといいますと、それはおそらく「考える人」か「考えない人」かというところではないでしょうか。

ん…占いを「信じていない」人も、同じくらいに「考えてない」し、「知ろうともしていない」んだよねぇ?
その軸で考えるんなら、占いを「肯定するか否定するか」で。否定するのであれば「否定出来るだけの材料を持ってなきゃ」ならないし、つまりは「ある程度以上深く、占いを知らなきゃいけない」から。

たとえばこれまでの常識が急に通用しなくなったとして、じゃあどうすればよいのかと考える人は占いを信じません。

あぁ確かに彼らは「信じない」。ただ、同じくらい、その中の何割かは、占いを「利用しよう」としてくるかなぁ。
経営者さんとかを占うとその傾向が割と顕著に出てきて、ぶっちゃけ占ってて「すげぇ面白い」(笑

同じ場面でじゃあどうすればいいの?と答えを教えてもらおうとする人は占いを信じます。

あぁこれもいる。で、そういう人に対しておいちゃんは、正面切って「信じないでね。貴方の人生を俺が決めるつもりもないし。貴方の人生は、貴方が自分で決めていかなきゃならないものなんだから」って、冷や水かける。


なので

いろいろな人の意見を聞きつつ自分で答えを探そうとする人は占いを信じず、だれかに答えを出してもらおうとする人は占いを信じます。

これはダウト。
「いろいろな人の意見を聞きつつ」の、1つの意見として「占い師に、占いという見地からの参考意見を聞く」っていうルートが存在しているから。

つまり、自分の人生で最も頼りにするべきは自分自身だということに気づいている人は占いなんていうものを信じようとはまったく思いません。逆に、自分の人生で最も頼りにすべきは自分しかいないという現実から逃げたい人は占いを信じたり、新興宗教に入信したり、とにかく自分ではない何者かに人生の舵取りを任せようとします。

これも論調は全部一緒。
ん…なんていうか、視点が凝り固まっているというか思考が一方向というか。

自分の生活に問題があるのを政治のせいにする人も占いを信じる人たちに似た存在です。彼等は政府や政治家が自分を心配してくれるもの、自分を心配してくれねばならないものだと思いこんでいます。自分自身が赤の他人の生活を心の底から自分のことのように心配したことなど一度もないにもかかわらず、政府は自分を心の底から自分のことのように心配しなくてはいけないと思っています。

…はて。急に論調っつか内容がゴロっと変わったな。…うん、ここが「言いたいこと」なんじゃなかろうか?
つまり「政治の話をしたい → 信じるとかその辺で占いとこじつけてみた → 書いてみた」って感じ。


まぁその辺はどうでもよいのだが(笑


話を占いにもどして。
うんまぁ確かに占いを「信じちゃう」人はいるんだけど。アレは信じる物ではなくて「参考にする物」なので、気をつけましょう。
特に、経験上、女性よりも男性のほうが「信じちゃう」深度は深いような気がするので。…そう考えるとBlog主も、無意識に「自分が占いにドはまりする」ことに気づいて、恐怖心とかを喚起して「近づかないように」本能が色々となにかやってるのかもしれない。


ちなみに占いは、統計学、ではなくて(統計的に優位なデータとか存在しないし、そもどうやって「統計を取るか」ってのからして突っ込みどころ満載なので)。
占法にもよるのですが、一般的に習う科学とかとは「違う考え方」による、単なる考察とか分類とか類推の方法です。
まぁとりあえず、その「占い」ってのが「命術なのか卜術なのか相術なのか」ってあたりでも随分色々変わるので、「占い」って一言で括るのはちょっと荒っぽいすぎる。


ちなみに中国のほうだと、中国五術または仙道五術といって、命卜相医山(または山医命卜相)って感じで、上述の3つの占いに、医術と山道(概ね仙道と一緒)になって、これはこれで面白い体系になってます。
つまり…


命術によって自分と周囲の流れである宿命を知り、相術によって現在の本人に出ている表れを知り、卜術によって天命や運命の流れ向きを知り、医術によって問題があるところを修正修復し、山道によって大地自然の気を得て自らを鍛錬す。


的な。
ちなみに「観相」に近いことは、実際、中医学の人ってやってますねぇ。まぁ西洋医学でもやるか普通に。
なので、別に「そんなに遠い世界のお話」って訳でもなかったり。


閑話休題


占いは「参考資料」です。それ以上でもないし、それ以下でもないし。
そのくらいのスタンスを外さなければ、よい指針にはなり得るので。


…日本人に固有なのかなぁ? 世界的に普遍的なのかなぁ? なんか「絶対」を、みんな、探したい感じだよねぇ、と。…あぁこれもまた一つの「銀の弾丸」なのかも。
そんな便利な弾丸はないので。
自分の人生のレールは、自分で引いていきましょう。


ただ。「普段自分ではあんまり見ない視点」からの意見が必要であれば。
「参考程度」のものとしては、占いって、とっても便利なものだと思いますよ?

*1:後日そっち方面のPageを別途作る予定なのですが、そのための考察ネタの布石、とも言えるw